現役高校生で3DCG会社13社からの指名!
就職間近の3DCGアニメーター志望の黄瀬たるとさんをインタビューしました

※2022年7 月に株式会社東映アニメーションに3DCGアニメーターとして就職が決まりました。
2020年から当校の特待生として入校した黄瀬たるとさん。現在、学校法人角川ドワンゴ学園 N高等学校に在学中。
中学生の頃から、姉の影響もあり3DCGに興味を持ち初め高校1年生から当校で3DCGを学び始めました。
入学当初からどのようなプロセスを経て現在の3DCGスキルを身につけたのか、話を伺いました。

–3DCGに興味を持ったきっかけを教えて下さい

黄瀬:当時8歳の時、スマイルプリキュアの前期エンディングをリアルタイムで見ていて「こんなにも可愛いCGがあるのか!!」と衝撃を受けたのがきっかけです。
もともとアニメや映画は好きでよく見ていたのですが、心のどこかで「3DCGは気持ち悪い」と思っていてずっと避けていました。しかしプリキュアのエンディングを見てその固定概念が打ち壊されたような感覚になり、プリキュアだけでなくCGそのものに興味を持つようになりました。今はセルルックのものやフォトリアルのものなど、様々な見せ方に興味を持っていて、種類問わず色々な作品を見ています。
また、私の姉は現在CG業界で働いています。姉は自分の描いた絵をモデリングして販売したり、そのキャラでショート動画を作ってSNSに投稿するなどしていました。私も昔から絵を描くのが好きでよく描いていたのですが、自分の絵がCGで立体となって動いたり、自分の作りたい世界観を自由自在に作れるCGにとても魅力を感じ興味を持つようになりました。
–当校の特待生に応募したきっかけは何でしょうか?
黄瀬:母が「alchemy特待生あるよ!しかも無料!!」と紹介して来たのがきっかけです。
alchemyを見つけた時は当時中学3年生の受験真っ只中で「美術系の道に進めればいいかな」とふんわり思っていただけで、正直自分がCGの道に進むとは思っていませんでした。
私の叔父はパソコン関係の仕事をしていたり、姉がCG業界の人だったりとCGは始めようと思えば始められる環境に身を置いていました。
高校3年間何もしないで終えるよりかは、何か行動して終えたかったので最初は部活感覚でやれたらなーと思いました。
特待生に応募するにあたって身の回りの人みんなが応援してくれて、志望動機などを親身になって考えてくれました。私は色んな人に支えられながら応募し、結果合格したのですが、みんながいなかったら絶対に受かってなかっただろうと思います。周りの人にはとても感謝しています。
入学して、1ヵ月目ぐらいで制作したバウンシングボールのアニメーション作品
初めて制作したので気になる箇所は多い。
–入学当初のパソコンスキルはどの程度でしたか?
黄瀬:私は人よりも機械音痴でゲームやネットで調べ物とかもしてこなかったので、そもそもパソコンって何!?保存って何!?データって何!?というところから始まりました。
当時入学したのが2020年の高校1年生の5月でしたが、丁度コロナが流行し始めて、最初の授業はオンラインで自宅のパソコンから作業する必要がありました。
自分は何も分からないので、自宅のパソコンは叔父が使ってなかったお古をもらってセッティングしてもらいました。Mayaを入れる方法が分からなくて、というかそもそもインストールするという概念を知らなかったので、これも叔父に頼んで入れてもらいました。
zoomの設定の仕方も分からなかったので、アカウントを作るところから全て手伝ってもらいました。
本当に1人じゃ何もできないくらい、調べ方すら分からないほどの機械音痴でした。
三つ目に作成した、歩行のサイクルアニメーション
この段階でも気になる箇所は多い。
–実際に3DCGを学び始めた時はどうでしたか?
黄瀬:講師の話していることが何一つ分かりませんでした。最初にプロジェクトを作ってからそのシーン内でモデリングをするのですが、そのプロジェクトという概念がまず理解できず躓きました。そしてそのモデリングしたシーンを保存するときに、パソコン内にあるエクスプローラーというものを知らなかったので適当に見様見真似で保存したらそのデータがどこに保存したのか分からなくなりました。
でもそのまま授業は進むので、もう何も分からぬままただ聞くことしかできませんでした。そのとき初めて「やめたい」と思いました。
テスト課題で作成した演武のアニメーション
このタイミングからアニメーションが良く見えてきました。
–3DCGアニメーターを目指したきっかけは何故でしょうか?
黄瀬:最初の課題はモデリングで、パコソンとMayaに慣れずに作業していたのでなかなか上手く出来ませんでした。
3ヶ月くらい経ってやっと慣れてきたなと思っても、モデリングは好きでも得意じゃないことに気づきました。やっている時間に対して成果が出ないというか。90%の力を出しているのに20点のものしか出来ないような感覚でした。
次にエフェクトの課題をやった時は、内部で色々設定してから実行してやっと目に見える、というのがあまり好きではなく、感覚で進められないのがすごく苦痛でした。Mayaは英語版で作業していて英単語の意味が分からないので何が何だか分からないまま設定して実行して、でもなんか違うんだよなーって思ったときにはもう調整が出来ないというか。どうしたら解決するのかがよく分からなかったので自分には向いてないんだなと思いました。
黄瀬:次にアニメーションをやった時は、自分の中でこのくらいかなーーと思って見せたら褒めてもらいました。自分の中で40%の力しか出してないのに90点のものが出来たような感覚でした。もちろん難しいこともあったし当時の作品を今見ると酷いなと思うこともありますが、当時の自分にとってはアニメーションが1番得意で楽しかったと思ったことが大きいです。また、姉はどちらかと言うとモデリングが得意な人だったので、姉にモデリングは勝てないけどアニメーションなら勝てる!と思ったのもアニメーションをやろうと決めたきっかけです。
それから色んなアニメや映画で特にアニメーションに重きを置いて見るようになり、今まで特に気にしてなかった動きなどもとても魅力的に見えるようになりました。それにアニメーションを作っていると、ただの置物だったモデルに命が吹き込まれたような感覚になり作っていてとても楽しいと感じます。そういうプラスな感情がたくさん湧いてくるアニメーションだったら、多少辛いことがあっても楽しいから頑張れる、好きだから頑張れるって思ったのがきっかけです。こう思った時にはもう自分にはこれしかないって思いこんで、美術系大学や専門学校への進学は無くなり、3DCGアニメーターを目指すようになりました。
–当校で学んでいてどのような事に気づけましたか?
黄瀬:どうしても他人と比べて劣っている自分を責めたくなる時もあるのですが、それでも自分のペースで諦めずに腹を括って頑張れば着実に結果はついてくると気付きました。
自分の周りには一度社会に出て、でもCGがやりたくて会社やめて貯金で来てます!とか、自分でバイトして大学行きながら来てます!とか、みんな肝が据わっていて上を見ている人達ばかりでした。そしてそういう人達は私よりも遅く入学したのに私より先に技術を身につけて一年もたたないうちに就職してこの学校から卒業していきました。
そのような状況を間近で見ていて私は自分を沢山責めました。人よりパソコンが出来ない上に物覚えも悪くて、技術は体に叩き込んで覚えることしか出来なくて、でもその覚えたものも数日後には忘れてたりで、とても悔しかったです。
CGを始めて一年は、全日制高校との両立が難しいというのもあり、あまりモチベーションが上がらず、技術もなかなか上がらず、自分なんて、、と思いながらCGをやっていました。
7つ目に作成した殺陣のアニメーション
カメラレイアウトなども少しづつ良く見えてきました。
黄瀬:高校2年生の夏頃にalchemyの先生から「来年の5月にアニメータードラフト会議っていうイベントがあるけど、参加してみる?」と言われたのがアニメーションに本気になったきっかけです。それまであまり目標がなくただ課題をやっていただけなので、そういった近い目標が出来たことは自分の中でかなり大きかったです。そしてその時コロナの感染者が10000人近く出ていてこんな状況の中、高校に行って進学もしないのに勉強するのが馬鹿馬鹿しくなり、こんなんだったらもう高校やめちゃうか!と決めたのも大きいです。
そういった色々な理由が重なりN高等学校への転校を決意しました。転校してからは、もう自分にはこれしか無い、これを捨てたら自分はダメになる!と思い腹を括ってずっとCGをやっていました。
N高は通信制で自分の時間が多く取れるので、今まで高校に行ってた時間を全てCGに当てました。今までは高校の後にalchemyにきて2時間ほどやって家に帰る、みたいな毎日で中々まとまった時間CGをやれる機会が無かったのですが、たくさんの時間CGをやれるようになりました。そうして毎日CGをやっていると常にCGのことを考えるようになり、技術はやればやるほど身につくようになりました。
アニメーションをつくるスピードも上がり、出来上がったクオリティもどんどん上がっていきました。転校してすぐの頃はせっかくの高校生活での青春を捨てたことを後悔していましたが、そう言ったCGの成長が結果としてちゃんとついて来て、最近やっと自分の選択は正しかったと認められるようになりました。技術が上がったのは時間をかけてたくさん頑張ったのもあるのですが、なにより腹を括ったことが大きいと感じています。少し根性論になるかもしれませんが、私はそういう決意とか、強い意思が1番自分を高めてくれるものだと思っています。
「株式会社Too主催 第八回アニメータードラフト会議」
ドラフト会議のURL  https://www.too.com/atsuc/y2022/draft.html
この第八回アニメータードラフト会議にて、20社中13社から指名を受けた。
アニメータードラフト会議は、複数のCGプロダクションに一括で就活アプローチできる、CGアニメーターのための共通一次試験の要素を含む動画コンテストです。
題目の内容のアニメーション作品を作成して、応募すると複数有名プロダクションがあなたの作品を審査します。
–今後の展望はどのように考えていますか?
今はまだできなくても、スキルを上げて自分の中でずっと夢だったプリキュアのエンディングに携わりたいと思っています。
プリキュアを見ていた当時は歌詞の意味をよく理解せず踊っていたけど、高校生になって聞き返したらこんなにもいい歌詞だったんだと気づくことが多くて感動しています。
前に通っていた高校では、勉強が追いつけなかったり、人間関係で少し苦労したり、CGの技術に伸び悩んでいたりしたときはいつもプリキュアの曲を聴いて元気をもらっていました。
そんなプリキュアに恩返しがしたくて、自分がつらい時に元気をもらった時のようにいろいろな人に元気を与えたくて、プリキュアをやりたいなと考えています。
また、CGを始めてからリアル寄りのものにもとても興味を持っています。
セルルックではないGANTZ:O(ガンツオー)やARCANE(アーケイン)などのリアル寄りの映像がとても魅力的に感じます。
手付けアニメーションのみでモーションキャプチャーを超えるほどの技術を身に着けて、プロのCGアニメーターとして世界で活躍したいと考えています。
ですが、自分は触れる様々なものに影響されてその都度考え方や価値観がガラガラ変わっていてとてもふにゃふにゃです。
半年前の自分が考えていた今の自分は全然違っていて、正直未来の自分が何を考えているのか分かりません。
転校を決めたのも一週間前までは転校なんて頭にないくらいで、勢いで行動しちゃった感じなので。
そんな自分ですが、大前提として自分を肯定して生きていたいので、そのための努力や鍛錬は一生やめないで頑張り続けようとは思っています。
好きなことで頑張っている自分が好きなので、そんな自分でいれる仕事で世界に貢献出来たらと思っています。
–3DCG業界へ目指したい方へ一言お願いします。
希望をもってわがままに頑張って下さい。
私は勉強も運動もできなくて、忘れ物や遅刻も多くて、周りの友達や先生から劣っていると言われ、そんないじられキャラとして学生時代を送っていました。
今までたくさん出来ないことだらけで、CGを始めてもなかなか技術は身につかなくて、でも心のどこかで自分はやれるって、自分の頑張りや存在価値を無理にでも認めたくてそう思い込ませていました。
生まれた土地なんて選べないし、親も親戚も選べないし、上には上がいるし、届かない光だってある。
でも、そういったこの世の不条理や理不尽なことに打ち勝つものは、頑張ればできるとか、自分は何にでもなれるとか、可能性は無限大だとか、そういう根拠のない自信や希望を信じるわがままな心しかないと思っています。
確かに視野は狭いかもしれないし、そう上手くいかないこともたくさんあるし、心が折れるときもあるかも知れません。
でも、何度挫折したっていいし失敗してもいいけど、心に描いてた夢と希望だけは忘れないでいて欲しいです。